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stop, look and listen

SNSなどのアイコンに自分の子供の写真を使うことについての考察

 正味な話、身近に居る例なので書こうかどうか迷ったのですが、ひとつの解釈として存在する分には別に悪い事では無いだろう、と判断したので投稿します。正直わりとナイーブな話題だと思っています。ちなみに弊社は結婚しておりますが子供は居りません(欲しいと思っています)。

文献等

 twitterfacebookのプロフィール写真に
 自分の子供の写真を設定している人って馬鹿なの?
 http://ryouchi.seesaa.net/article/205493116.html

 コトノハ - SNSのプロフィールに自分の子供の写真を載せる事
 http://kotonoha.cc/no/42050

 上記のような記事、およびそれらの反応からも分かるように、イエス・ノーがかなり極端に別れる話題だと思います。

イエス派の主張
  • 親として責任を持っているのだから問題ない
  • 「ノー派の人も、子供が出来たら分かるから」
  • かわいいのを自慢したい
  • 特定できないようにしていればよいのでは
ノー派の主張
  • 子供に許可を得るべき(子供の意見を尊重していない)
  • あなたには興味があるが、あなたの子供には興味が無い
  • かわいい自慢が嫌
  • 防犯的な理由で避けるべきだ

一般論として

 冗談であったとしても「人の子供を卑下する」という行為は気持ちのよい、面白いものではありません。赤の他人の子供はさておき、親類・知人・友人の子供であれば尚更で、有無をいわさず「あいつは子供を卑下する奴だ」というレッテルを貼られるのがオチです。実際「うわっ!この子供ブサイクだなぁ~!」と思ったとしてもそれを声に出して伝えられる人はそうそう居ないでしょう。現時点で弊社に子供が居て、赤の他人でも友人知人でも「お前の子供ブサイクでウザいね」とか言われたらキレる自信は多いにあります。

 世間には「子供が大好きな人」も居ますし「子供が大嫌いな人」「子供は別に好きでも嫌いでもない人」も居ます。「自分の子供は好きだけど、人の子供は嫌い」という人も居ます。「子供が好きな自分が好き」というケースもありますね。

 子供は基本的にかわいいのですが、子供をかわいいと思っている人全員が安全に子供に接してくれるかというと、それは確実ではありません。情報化社会において、防犯的な理由で子供の情報をむやみに拡散させないという事も大事ではないかと思っています。

 何歳になっても自分の子供はかわいい、写真バンバン撮っちゃう、という親御さんも居ますが、子供がある程度の年齢(だいたい中学生とかかな)になったらそういうのをやめて極力人前に晒さないというケースもあるように思います。

個人的な見解

 正直「子供の居ないお前が言うな」という話題の最たるものが、この「自分の子供アイコン問題」だと思っています(同着で「DQNネーム問題」)。
 
 「自分の子供を自分の好きなようにして何が悪いのか/人に自分の子供の事でとやかく言われたくない」という主張はごもっともですし、それはそれで良いというのが正直なところです。逆に言えば「俺の知ったこっちゃねーし」という感じにもなりますが。

 視覚的な問題としては、自分のフレンドリストが「アイコンを自分の子供の写真」にした人で溢れると「あれ、この子供って誰の子供だっけ?」というパターンが多くなり、名前などで判断しないといけなくてユーザビリティを阻害されるといったような事例があると思います。これは子供に限らずペット(犬・猫)の写真でも起こりうる現象です。自分にとっては「たったひとりのかけがえのない子供」ですが、大勢から見れば「子供アイコンのうちの1人」になります。この感覚を忘れないようにすることは重要だと考えています。

 「そもそもこの子供はあなた自身じゃないよね?」という主張をすることもありますが「私にとってはもう一人の私みたいなものだ」という返答をされる場合もあって、まあそれならそれでいいかな、という印象です。

 たま~に、ものすごく積極的に「他人の子供の成長が気になる」という人が居たりしますが、局所的だし、もしかすると社交辞令なんじゃないの、と思うケースも多いです。
 

本記事の結論

 「そういやウェブに『気軽に子供の写真をSNSのアイコンにするのはどうなんだろう』的なことが書いてあったけど、これってどうなんだろうね?」といった感じで、遠回しに当事者に対する問題提起をし、以降のことは当事者ですべき事をすればそれで良いと思います。そういう場合にこの記事が役立てばいいなと思いました。

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